roseに口づけを

愛島セシルに愛を捧ぐウェブログ

アニメ版への苦手意識を払拭したり、セシルアンチへのムカつきを解消したりした話

私は他のオタクの意見を気にしてイライラしがちなので、
本当に1人きりで、「趣味に向き合う」みたいに遊ぶべきだと思いました。
私に合ったオタク趣味の楽しみ方は、一人で楽しむことです。
他人の思想の渦に取り込まれて息が詰まりそうになるようになるなら、それはもう楽しい趣味ではありません。
一人で楽しんだ上で、道の途中で誰かと出会って喋って意見が合えば楽しい、
みたいな距離感がちょうど良いのだろうなと思いました。

以下本題

U-NEXTのお試し登録期間がまだ続いているので、
うた☆プリのアニメ版マジLOVEシリーズの2期(2000%)を観ました。
昔ニコニコチャンネルでうた☆プリを観た時はコメントで馬鹿にされてて悔しかったけれど、
一人で観ると普通にコメディとして楽しめていいなと思いました。
キャラクターがあらぬところから登場したり、突然ミュージカルのように歌い出すようなところがあるアニメであり、
ストーリーも基本的にドタバタしたコメディなので、何も考えずに気楽に観られて楽しいです。

登場するキャラクターは同じでも、ゲーム版とは設定や性格が違っていて、
セシルさんもやっぱりちょっとキャラが違うんですけど、
ゲーム版と変わらないところもあるのでやっぱり好きだなと思う感じです。

なんか〜、価値観が変わってきたのかな。
この前観たラーゼフォンのように、考えながら観るアニメも楽しいけど、
何も考えないでアニメを観るのも楽しいなと思えるようになってきたなと感じました。


それから、
私はうた☆プリのアニメ版を好きな人が、
アニメの良さを語る時に本来言う必要がないはずの乙女ゲーム版への蔑みを込めて話すのが嫌いだから
アニメ版のことが嫌いになっていたと思いました。

アニメ版を褒める時に、乙女ゲーム版を馬鹿にしたようなことを言ったり、
うた☆プリを人に勧める時に「断然アニメの方がいい」みたいな引っかかる言い方してたりするのが嫌でした。

アニメ版を見ると、そういうアニメ版しか好きじゃない人を思い出して腹が立ったので、
アニメ版とゲーム版の設定違いなど細かい部分を気にして腹を立てていたように思えてきました。


他人のリアクションがある中でアニメを観る時はイライラしていたけど、
一人で観るとなーんにもイライラしませんでした。
めっちゃ明るいコメディーじゃん?
私はこのアニメに何を怒っていたんだろう?

腹が立ったのはアニメではなく人に対してだったようで、
それに気が付いた私は、アニメはアニメで別物として楽しむ姿勢が出来上がっていたようでした。
深く考えるのやめたら楽しいアニメですね〜〜。

しかし、考えるのをやめていても
セシルさんが映るたびかっこいい好きとは思うので、乙女ゲーム的な視点は失いませんでした。
というか春歌さんに嫉妬しなくなったような気がしたな……。
寧ろ春歌さんに迫るセシルさん見てときめいてしまったわ。
ブログのハンドルネームを変えたことによる充足感が私を変えたのだろうか?


アニメの話に戻ると、
アニメ版のセシルさんは別物だとは思うけど、それはそれで好きと思えるようになっていました。
セシルさんは2000%からは登場シーンが増えたので、
ミステリアスなキャラクター性は減ってしまったように思うのですが、
そのかわりに喜怒哀楽が豊かになっていて可愛いとも思いました。

ギャグシーンでは表情も喋り方もコミカルでとても可愛いんですよ!
私はその時のセシルさんを観ていて、鳥海浩輔さんのコメディー演技*1が好きなんだなということを新発見しました。

今まであんまり考えてなかったけど、
ささやき系以外のドラマCDはギャグっぽい方が楽しいなーと思っていたのは、
声優さんの演技の好みもあったんじゃないかなと思い始めました。
セシルさんで一番好きなのは乙女ゲームっぽい台詞の演技なんですけど、
話の雰囲気はシリアスよりコメディーの方が好きなんだと思います。


観ていて思ったことは他にもあります。
マジLOVE2000%のドタバタコメディ世界で起きる誰も死なないような平和な話を観て、
愛島セシルに対して熱烈なキャラアンチをする人がいた事実があったことは、
なんとも馬鹿げた話だなということでした。


シリアスっぽい雰囲気になりかけても、それを打ち消すようなぶっ飛んだ演出が飛び出すばかりです。
作った人なんか遊んでない?って思った。
今の私は、1話目の先輩達の異次元な登場シーン*2を超えたところで、
LOVE&MUSICコメディーとして観る姿勢になってしまったので、
こんな楽しげなアニメの何を見て怒っていたんだろう?と思えてきました。
アニメ版が好きな人を気にしてアニメに怒っていた時の私もおかしかったので思うことですが、
アンチの人はこのアニメとは違う部分を見て怒っているように思えてきました。
アニメの情報を元にして生まれた自分の心の内の何かを気にして怒っていたのではないか?と思います。

アンチの人がよく言っていた理由は「セシルはアイドルを馬鹿にしているから嫌い」だったように思います。
ですが、そもそもセシルさんはゲーム版の時から、他のアイドル候補生とは歌に対する意識が違っているキャラクターでした。
ゲーム版でも「アイドルには興味がない」みたいなことを言っていましたし、
セシルさんが早乙女学園に転入したのは、アイドルになりたかったからではなく、パートナー不在で卒業の危機に瀕した主人公を助けるためでした。

プロのアイドルが歌う姿を目にし、その輝きに何かを感じながらも、自分の価値観との違いに戸惑っていたこともありました。
アイドルソングに対して「こんなのワタシが思う歌じゃない」「歌はもっと神聖であるべき」と否定してしまうエピソードもありました。
それは信仰する宗教の関係で、セシルさんにとって歌うことが特定の意味を持つ行為だからであって、
アイドルを馬鹿にしているのとは違う気持ちが由来の発言でした。

それから、アニメ版はセシルさんがST☆RISHのどこがいいんだと否定的なことを言う場面もありましたが、
自分にはない輝きを持っている人を羨んで嫉妬したのかなと思いました。
その描写は、ゲーム版で主人公がHAYATOの番組を熱心に観るのを見て嫉妬していた様子に似ていると思いました。
アニメ版のセシルさんは、
ゲーム版とは物の言い方が違うと思う場面もあったけれど、
柔軟な考え方をしてみると、ゲーム版と変わらないところも見えてくると思いました。

ゲーム版と比較したアニメ版2000%のセシルさんは、
ST☆RISHから見るといけ好かない感じのキャラクターになっていた部分もありましたが、
キャラクターの持つ価値観や行動原理の根本的な部分については変わっていない部分もあると言えます。

それを知らないような人が、
あのアニメのドタバタコメディだけを観て、
ST☆RISHやアイドルを馬鹿にしたからという理由でセシルさんに悪口を言おうが、
どうでもいいんじゃない?知ったこっちゃないんじゃない?と気が付きました。

今日やっとそのことに気が付きました。
気が付いてみると、そんなどうでもいい話をどうして気にしていたのか不思議です。
しがらみを一つ断ち切れたような爽快な気分です。


ST☆RISHを実在のアイドルのように思い、真面目に考えているから許せないと言うのなら、
そっちこそ、セシルさんを実在する人のように思い、彼の文化や価値観について真面目に考えたことありますか?と言いたい気分です!
日本のアイドル文化をセシルに解ってもらおうとする前に、アグナパレスやセシルのことを解ろうとしましたか?
そっちこそ相手の文化を理解しようとする心が足りてないんじゃないか!
あーもうほんと、今ならこうやって言えるのになー!

でも今こうして日記に書いたことで、
あの時のあの人達に言い返せたような気分にはなれました。
過去の出来事にこっそり言い返すと、
後ろから殴ったみたいで卑怯な気もしますが、
私の中で勝手に言い返して気を晴らすだけなら別に卑怯でもいいですよね?

……いいことにします!


今までは知らない誰かの言動のせいで楽しみきれていなかったけど、今日吹っ切れたことで一段強くなった気がします。

また落ち込むことはあるかもしれないけど、
私は愛島セシルというキャラクターが大好きなので絶対に負けたくないと思います。
転んでもすぐ立ち上がるし、落っこちても跳ね返ってきて復活してやる!
そんなような気概でございます。


あと、愛島セシルのアンチの人は声優の声が合っていない*3みたいな批判もしていましたが
私は愛島セシルが喋ったり歌ったりしてる声を聞くのが好きなので、
誰が何と言おうとセシルがあの声で良かったと言い続けようと思います。
私はセシルさんの声優さんが鳥海浩輔さんでよかったと思っています。

*1:って言うのかな?

*2:曲が終わると1人消える

*3:声優の無駄遣いみたいなニュアンスかもしれない?